グリーンベリルの楽園へ ~戦士と僧侶~
作者:DarkStar
私たちの住む世とは異なる世界。ここではモンスターと呼ばれる異形の怪物が暴れ回わり、 人々の生活を脅かしている。しかし、 皆が恐怖に怯えて過ごしているわけではない。ある者は武器を手に取り、 またある者は神より与えられた魔法と呼ばれる不思議な力を持ってそれらに対抗する。彼らは国家とも独立してギルドと呼ばれる組合を作り協力してモンスターを討伐していく。いつ死ぬともしれない毎日を送る彼らを人々は 『冒険者』 と呼んでいた。
――――――
「なんでハードアントを討伐して、 たったこれぽっちの金額なんだよ!!」
ここは、 冒険者ギルドの受付カウンター。職員の中でも花形たる受付嬢の前には、 戦士と僧侶の女性 2 人組。報酬に納得がいかないとクレームをつける女戦士に気圧されながらも、 ギルドの財布を預かる彼女は余計な出費を増やすわけにはいかない、 なんとか穏便に済ませるべく丁寧な説明を始めた。
「ですから、 ジェシカさん。ハードアントは駆除法が半年前に確立して以降、 討伐難易度が下がっているんです。上位種のメタルアントは別として働き蟻クラスの討伐にはこれ以上の報酬は出せません。」
ハードアントとは、 人間台の蟻型モンスター。攻撃能力は低いが非常に強固な外骨格で全身を覆っているため、 倒すには手間のが掛り一度の相手にしなくてはならない数も多いため厄介なモンスターの一種に数えられていた。しかし、 それも半年前までの話。その外殻の強度を一時的に下げる薬品が国によって開発され簡単に駆除できるようになったのだ。
「ジェシカ、 もうそのくらいにしなさい。さすがにこれ以上はアリスさんに迷惑ですよ。今回は依頼でなく、 駆除なのですから討伐リストの額以上に請求するのは、 規約違反ですわよ。」
ジェシカを窘めるのは、 彼女の相棒、 僧侶のマーシャである。
「だってぇ……。」
賞金が懸られたモンスターを討伐する 『討伐クエスト』 には、 「依頼」 と 「駆除」 の二種類がある。
「依頼」 は個人や国家からの依頼で賞金がモンスターを狩るもので一般に難易度が高く高額なものが多い。
これに対して 「駆除」 はギルドの作成した駆除対象モンスターリストに定められた報酬を元に仕事をするので定期的に数が増える雑魚を駆るもの、 難易度は低いが一定の収入が見込めるものである。今回のケースでもいきなり報酬が減ったわけではなく半年かけて徐々に下がっていった結果なので酌量の余地はない。情報力不足や請負時の確認不足は、 冒険者にとって致命的な欠点なのだから。
「どうしよう、 マーシャ……。」
「困りましたわね……。」
二人はこのところ、 入り用で路銀が底を突こうとしており、 今回のハードアントの討伐報酬をなんとか当面の生活費に充てようとしていたのだが、 当てが外れてしまった。受付嬢のアリスとしても本人たちの自業自得と切り捨てるには余りに忍びないと何とかよい方法はないだろうかと思考を巡らせていると何かに思い当たる。
「そうだ、 お二人にぴったりな、 お仕事がありますよ」
アリスは、 引き出しから一枚のチラシを取り出しカウンターの上に広げる。だが、 覗き込む二人の顔はそれぞれ反対の反応を見せた。
「これは……いいじゃん!!……イケるじゃん。」
意欲を見せる女戦士の隣でさらに憂鬱そうな顔をする女僧侶。
「え……、 これ……本当にやるんですの……。」
――――――
ギルドでの出来事から約二日。ひっそりと周囲にひと気のない暗い森の中を女戦士と女僧侶が二人歩いている。
「ど、 どうしてこんな事に……」
ため息をつき、 トボトボとあるいてくマーシャの横を元気に歩いていくジェシカ。
「まあ、 まあ、 マーシャなら大丈夫だって」
今回の仕事について言えば、 ジェシカはほとんど役に立たない。ほぼマーシャに頼るものである。そんな状況であまりに気楽に言い放つ相棒に本来穏やかな彼女の口調もついつい荒ってしまう。
「ジェシカはいいじゃありませんか、 ほとんど何もしないんですから。このコースは一見普通ですがなかなかキツくて大変ですのよ。」
珍しくぷりぷりと怒る相棒にさすがの女戦士も宥めようと。
「わかってるって、 マーシャだけが頼りなんだからさ!!」
「もう、 調子がいいですわね……。」
絶対的な信頼といえば聞こえはいいがマーシャからするとなんとなく押し付けられているようで納得がいかない。そんなことを思いつつギルドでのことを思い返していた。
――回想――。
「「乗馬レース?」」
アリスの提案に、 二人の冒険者の声が思わず唱和る。
「そうです。ここから南方に三日ほどの距離にある街で乗馬レース開かれるんです。ああ、 出走は牝馬限定だそうです。」
「え、 それはまさか……」
怪訝そうな表情の女僧侶には感ずる所があるらしい。それを受け流しつつアリスはチラシを見ながらさらりと続け。
「賞金は……銀貨50枚ですね」
その賞金金に二人が顔を見合わせ目の色を変えて食らい付いてくる。
「「銀貨50枚!!」」
これは贅沢をしない生活を送るなら家族 4 人で約半年は暮らして行ける大金。祭りとはいえ、 破格の賞金であることには違いない。
「な、 なんでそんなに……。」
女戦士が抱く当然の疑問にもさらりと受付嬢は応える。
「毎年行われている行事のようですが、 近年はどうも参加人数が芳しくないようですね。最近、 代替わりした領主様の意向で大会を盛大に行うべく賞金を引き上げたようです。他にも牡馬には力強さを競う荷運びレース。牝馬には技術と速度を競う野外レースに分けるなどしてかなり力を入れているみたいですよ。」
立て板に水の如くすらすらと説明してゆく受付嬢にさすがの女戦士も感心して。
「良くそんな事まで知ってるな」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにアリスは豊満な胸をさらに張って。
「私、 耳の良さは誰にも負けませんのから。」
だが、 彼女の良さは決してこれで終わらない所。
「それにあの辺りはかなり上質の草原地帯でして、 『道草を食う』 ならおすすめのスポットですよ」
その言葉に賞金の時以上に前のめりとなるジェシカとマーシャ。
「「え?そうなの (ですの) ?」」
二人の迫力にアリスは苦笑いしながら。
「ええ、 程よく乾燥して香りもよく、 食感もなかなかのものです。かく言う私も……。」
聞かれたくないのか受付嬢のだんだん声が小さくなり最後の方は目の前の二人以外の耳には届かないような小声で囁く。
「なんかこんなに良くしてもらって悪いです。」
情報を自分で集めるのも冒険者の仕事。だが、 アリスの行動はギルド職員としてのサポート領域を逸脱しており、 マーシャがそれを心配していると……。
「私たちは同じギルドの 『仲間』 じゃないですか。それに私なんかは天敵がとても多いので力強い味方とは仲良くしたいです。」
二人に向けるアリスの笑顔の裏には、 切実で必死な思いが透けて見え。
「「ああ……(察し)」」
となる二人であった。
――現在――。
再び、 ひと気のない森の中でもさらに奥地に差し掛かった頃。
「じゃあ、 マーシャそろそろ頼むよ。」
「そうですね。人目に着かないところで準備しませんと……。」
マーシャが意を決して頭から被ったベールを取り、 肩までの美しい金髪を振り乱だして祈るように両手を前に組む。
「ふー、 ふー。」
マーシャの呼吸が荒くなり鼻の穴が広がって、 開いた口からは主張するように前歯が発達し、 両手は中指だけが発達しなから変形して黒光りする蹄に変わる。髪に隠れた耳が縦に伸びながら、 頭頂部へ移動して頭の上でピンと立ったかと見るや、 僧服を引き裂いて女性らしい大きくメリハリの効いた柔らかな胸やお尻の筋肉が引き締まってゆく。
厚みを増し肥大化する尻臀の合間からニュッと紐の様なものが飛び出し、 先端から髪と同じ艶やかな毛が生え始める。
「ひん、 ヒヒン」
口から嘶きが漏れるようになってくるとマーシャの体は人間のそれとは掛け離れたものになっていき、 既に前足と化した腕を地面につく。それと同じくして服や靴の切れ端が落ちて見えてくる白い肌。その肌よりもさらに明るい黄色みがかった白い毛並みが全身を覆つくすと、 そこには先程までいた女性の面影をわずかに残した一頭の美しい白馬が立っていた。
「ブルルル!!! ヒヒ――――――ン!!!!」
抑圧されたものを吹き飛ばすかの如く大きく嘶くマーシャ。
マーシャも、 そしてジェシカも人間ではない。人の姿に化ける能力を身に付けた獣、 それが彼女達の正体である。獣人と呼ばれる彼女達は人間に隠れ住むように集落を作り、 その中で静かにひっそりと暮らしている。そんな窮屈な生活に嫌気がさしてしまった二人は、 自由を求めて冒険者となった。
人間たちに正体がバレればモンスターと同じように扱われるリスク背負いながらも世の中に出てみれば、 ギルド職員のアリスのように自分たちの同胞が人知れず隠れ住んでいる事を知り、 お互いに協力し合いながらなんとか生活を続けていたのだった。
「あ、 ああ、 もうマーシャ何やってんの!!」
大声を上げるジェシカの目線の先には、 無残に散らかった布切れ。
「あら、 私とした事が!!」
散り散りになった服を見ながらわざとらしく驚く姿は人の姿とそう変わらない。
「アタシさ、 馬の言葉はわかんないけど今のはわかったよ、 嫌がっていても勝つ気満々なんだね。」
「フルルン!!」
普段は穏やかな彼女も走る事に関しては馬としての血が騒ぎ、 負けず嫌いの気質が顔を出す。もう賞金の使い道の1つは既に決まっているのだと自信のあるマーシャは、 もちろんと鼻息で応えた。
――――――
そして大会当日。
壇上に上がった領主は、 まだ少女とも呼べる程の若い女性だった。まだ伸びきっていない手足に腰までの艶かなブロンドの髪を結い上げることなく可愛らしいリボンでまとめ、 細かな刺繍やフリルをふんだんにあしらった緑色のドレスに身を包んだその姿はまさに可憐。しかし、 凛々しく自信溢れる彼女の姿は領主として恥ずかしくない大人の立ち居振舞いを見せていた。
「わたくしはこのグリーンベリルの領主。アメリアです。皆様、 この度はお集り頂きありがとうございます。」
小柄で細い体から美しくも、 よく通る声で少女が語る。
「あの子凄いなぁ。まだ子供なのにりょーしゅ様だもんなぁ。」
などとぼーっと見ているジェシカの呑気さにあきれながら馬の姿のままタメ息をつくマーシャであった。
(ジェシカにも少しは見習って欲しいです。グリーンベリル領は私たちの所属する地方ギルドも含めたこの辺り一帯が領地だったはず。あの年でそれを継ぐとなれば、 いかに周りのサポートがあれど余程の覚悟や能力が要求されるものです。いずれにしてもジェシカのようにのほほんとして居られるほど甘い話ではないのですけれどね。)
――――――
大会はまずいくつかの小グループに別れ、 決勝と同じコースで予選が行われる事となった。野外コースは街を出て森に設置された障害を飛び越えながら走り、 最後には街道を通って街に戻ってくるルートとなっている。
各地のチェックポイントには最新鋭の偵察用魔道具が配備され、 ゴールとなる会場のスクリーンに各地の様子が投影される仕組みになっている。決勝においてはー等を当てる賭けが行われることも告知されており、 皆が予選からその様子を見ようと会場に押しかけた結果。会場は満員を超える盛況となった。設備にも相当に金の掛かったこの大会の斬新さに圧倒されながらも、 マーシャとジェシカはなんとか決勝に残ることができた。しかし、 結果だけみれば成績はあまり芳しいものとは言えない。ジェシカは不安に駆られ、 騎乗したまま相棒の首筋を優しく撫で声を掛ける。
「なんとか予選は通過できたけど、 ほとんど最下位じゃん。マーシャ大丈夫なの?」
「ヒヒン!!」
そんな相棒に大丈夫だと鳴いて応えるマーシャ。予選の結果はあくまで決勝のための布石であるので一喜一憂するものではない。だが決して油断できない勝負である事を痛感しているのは他でもない彼女自身だった。
(予選でコースを走って見て分かりましたが、 同じ所を二度走らせる事で決勝の時には肢にかなりの負荷が掛かるようにしていますね。乗り越えさせる障害の位置や高さも予選ごとに変えて先に走った馬が有利にならないように絶妙な調整している。これは人間達やただの馬には気が付かれないよう丁寧にコースが作られています。なんて素晴らしいんでしょう!!)
予選でマーシャは途中うまく流して走っていたが考えなしに全力で走っていれば、 とても走りきる事など出来ない巧妙なコースになっている。何より優秀なのは先に走ったものは後から、 後のものにはすぐに肢への負荷が掛かるよう障害を調整していること。くじ運の要素を極力排除して 『走り』 にのみ重きを置いた主催者の意図は、 馬として生をうけた彼女にとって、 とても好印象に受け止められ、 その完成度には手放しで賞賛するマーシャであった。
(乗り手の技量は大した事ありませんね。馬の事を知った気になっている人間達ばかりです。でも思った以上に体力のある牝仔やペース配分のうまい牝馬もいます。これは思った以上に苦しい戦いとなるやもしれません。)
他グループの予選を見て、 馬の目線からほかの馬たちを評価していくマーシャ。人間の真似事で冒険者などしている彼女だがこうして馬として本来の自分と向き合って競うのは正直に楽しい。だからこそ、 負けられない思いもある。とはいえ当初よりも厳しい戦い自覚して気を引き締めながらも。
(一着、 服を駄目にしたのは少し早まったかしら)
と少し弱気になってしまうのだった。
――――――
ついに決勝レースが開始され、 スタート地点の混雑を避けるため、 マーシャは余り前へ出ず中央に陣取り順位をキープしている。
(このレースは必ず終盤に先頭が崩れるはず、 森を抜けて街へ戻る道が勝負!!)
他の参加者とは違い、 このチームの進路は馬が決める。おそらく、 全参加者中で人と馬の立場が逆転しているのはここだけだろう。マーシャはすばらしい速さで森を掛け抜けていく。スタートこそ出遅れてしまったが、 森を抜け再び鋪装された道に持った直後、 先頭集団の馬達に異変が起こる。
「おい、 なんだ、 後もうちょっとだろ!!」
「走れ、 走らんか」
急に馬たちの肢が止まり走らなくなってしまった。いや彼女達はもう走れないのだ。一見ゆるやかなに見えるこの道には、 実はわずかに登り傾斜がついており硬い道路は気が付かづない内に疲弊した肢へとダメージを与えている。相棒である馬を気遣いもせず、 ただただ戸惑うだけの人々を抜き去って、 マーシャは悠々と駆けていく。
(馬の痛みも理解しようとせず、 異変があっても降りようともしない。そんな乗り手では絶対に勝てないようにこのレースは作られています。でも……なんて可哀そうな仔達。とても肢が痛そう。今すぐ回復魔法を掛けて差しあげたいけれど……)
僧侶であり慈愛の精神でライバル達にもやさしさを向け、 つい肢が止まりそうになるマーシャだが意を決して走り去っていく。
(ダメ、 この勝負、 馬をないがしろにして平然としているあんな人間達に負ける分けにはいかない!! 賞金の事もあるけれど、 このレースの主催者もきっとそんな事は望んでないはずだわ。だからごめんなさい。早くゴールしてすぐに手当てに戻ってくるから。)
そんな思いで懸命に走りなんとか先頭集団をとらえようとしている所。
前方を走る馬がピシャン!!! という大きな音を立てて鞭で尻を打かれていた。
「い、 痛い。」
その悲鳴にマーシャは堪らず目を伏せてしまう。
(あの人間、 なんてひどい事を!! しかもあんな小さな仔を鞭で叩くなんて! 馬をなんだと思っているの!!)
マーシャの目が吊り上がり、 耳を伏せ、 顔が引きつって筋をつくり、 地面を蹴る力がより強くなって大きな音を立てながら走っていく。馬姿の彼女が表現できる最大の怒りの感情を前面に出しているが残念ながら人間たちにその感情は一切伝わらなかった。
マーシャが近づくにつれ、 叩かれている仔馬の茶色い尻が赤く腫れあがっているのが視界に入る。
「痛い、 痛い、 痛いです。ご主人様」
(……あの仔……痛みの余りお尻が熱くなりすぎて感覚がマヒしてきているんだわ、 これ以上叩かれたら)
叩かれている馬の様子に不安に思いながらも振り切ろうとするマーシャだが、 目前の馬の速さになかなか追いつけない。
「い、 痛い、 痛っ、 ああ~ん。」
尻を打たれる牝馬の様子が急に変わり。顔を赤くし息を荒くして興奮している。
(ああ、 あの仔、 ついに余りの痛みのせいで気持ちよくなってきているんだわ、 一度あの感覚を知ってしまったらもう……)
脳が痛みを和らげようとホルモンを分泌し、 その刺激が強くなればなるほど痛みは快楽に変わる。
「叩かれるの気持ちいい、 叩いてほしい。!!!!」
もはや痛みに憑りつかれた馬はついに歩みを完全に止めてしまう。
「なんだ、 こいつ鳴いてるばっかで止まっちまいやがった!!! えぇえい、 走れ、 走らんか!!!」
叩かれる快感を覚えてしまった雌馬は言う言う事を聞かなければもっと叩いてもらえると学習し、 頑としてそこを動かなくなってしまった。
「叩いて、 叩いて、 もっと叩いてぇ!!!!」
身もだえる雌馬の熱の籠った声を理解できるのは、 マーシャただ一頭。なんとか振り切ろうと極力耳を前に向けて声が届かないようにするが先ほどの牝馬が醸し出す欲情した匂いが風に乗って、 マーシャの鼻孔を擽り集中力が乱される。
(だめ、 気にしても今の状態での彼女は何もできない。早くレースを終わらせなくては……。)
そんな、 マーシャの様子を感じ取ったジェシカが急に割って入ってくる。
「ねえマーシャ。ひょっとして、 さっきの仔がうらやましいの?」
馬の言葉はわからないが、 やたらに後ろを気にするマーシャの様子にジェシカが胸元から短い鞭を取り出すと力いっぱいマーシャの尻を引っぱたく。
「イッたーぃい!!!」
分厚い筋肉に包まれた大人の馬は、 人間が多少鞭で打った程度では痛みを感じる事はほとんどない。だが相手は明らかに人間以上の腕力を誇る獣人ジェシカ。その腕から生み出される強力な打ち据えに大きく悲鳴を上げ勢いよくマーシャが駆け出す。
「はは、 速い、 はやーい。もっと速く走らないと、 もっときついのやるよ!!!」
そのスピードにジェシカは歓喜の声をあげ子供のようにはしゃぎ、 鞭を振るう手にも力が入る。
ピシャン! ピシャン! ピシャーァン!
「痛い、 痛い、 いったっーい、 !!」
(馬鹿、 バカ、 馬鹿ジェシカ!!! 貴女の怪力で思いっきり叩かれたら、 私だっておかしくなっちゃいますぅ。)
ピシャーン!! ピシャーン!! ピシャーアァン!!
加減のわからないジェシカは面白がってどんどん力を入れてたたきつける。
「いい、 いいのぉ、 きもちいい」
(だめ、 わたしは……、 神に仕える僧侶なのに。そ、 そんな、 は、 はしたない事は……)
「それ、 もういっぱつ。」
ピシャーアァン!!! という大きく振りかぶられた強烈な一撃で、 マーシャの中で何かがぶちっと切れてしまった。
「ブルルゥ!! ヒヒーィイーン!!!!」
もはや嘶きですらない獣の咆哮に近い叫び声。
「打って! もっとブって!!
マーシャをもっと叩いてぇ!!!!」
(はシる、 もっとハヤく走ルから、 イタいのちょうだい。痛イのモッと、 もっトぉ……ホしいのぉおおおおお)
ついに口から涎を垂らし完全に理性をなくして興奮したマーシャの姿に。
「はは、 速い速い。それいけ!! マーシャ!!!」
もはや、 勝負を忘れて、 マーシャの尻に鞭を入れるジェシカ。
ピシャーン!!!
「いい、 いいのぉおお」
先を走る馬たちをかき分けて、 女戦士の乗った白馬が信じられない速さで駆け抜けていく。
その先にめざすゴールはもう目の前だ。
――――――
大会終了後の表彰台、 優勝者として壇上に上がるのは女戦士と白馬その前に立つのは主催者の少女アメリア。
「優勝は、 マーシャ号とジェシカさんです。おめでとうございます。こちらは賞金の銀貨 50 枚です。」
少女が銀貨の詰まった袋をさしだずと照れながら両手で受け取るジェシカ。
「あ、 ありがとうございます。」
観客からの祝福の拍手を送られ照れながら手を振り返す女戦士に注目が集まる。そんな中、 アメリアはゆっくりと白馬の方に近づいていく。
正面が死角になる馬の特性を理解し、 斜めからゆっくりと近づいて白馬の鼻先に小さな手をそっと差し出す。
マーシャが少女の匂いを嗅いで確認するのを待ってから、 空いている方の手でゆっくりと首筋に手を伸ばしやさしく撫でる。
(ああ、 こんなに丁寧なあいさつはいつ以来でしょう。やっぱり思った通り、 なんて思いやりのある人なのかしら。)
人と同じ知性を持つ白馬にとって無遠慮にベタベタ触ってくる人間たちは普通の馬以上に不快に思う気持ちが強い。だからこそ、 目の前の少女のように馬と同じ目線に立って丁寧に扱ってくれる者に対しては余計、 好意的に映る。
「貴女のような素敵なお馬さんに参加頂けて、 わたくし、 とてもうれしいです。貴女の美しい姿はわたくしの目に焼き付いています。森を駆け抜ける華麗さ、 障害を飛び越える優雅さ。なによりもこの野外コースを熟慮して走ってくださる思慮深さ。わたくし、 本当に、 本当に感動してしまいました!!」
音に敏感な馬に対して穏やかに声を掛けながら目をキラキラと輝かせるその顔は、 領主という肩書を持つものとは違う年相応の少女の姿に見えた。
マーシャにしても美少女に、 ここまで憧れのまなざしを向けられるとさすがに照れていまう。
そしてアメリアは、 もう我慢できないといった様子でそっと目を閉じ、 ごく自然に背伸びして白馬の首筋に自分の頬をすり寄せてきた。
(え? この仔? もしかして? ……そう……そうなのね。)
突然の行為にマーシャは驚いた表情をみせながらも、 すぐに何かを察し少女がすり寄せやすいように身を屈め、 目を細めて優しく顔を寄せる。
想いが伝わり、 自分の好意にマーシャが応えてくれた事を喜んだ少女は目を見開いて白馬の顔を覗き込む。
白馬と少女が、 わずかに見つめ合ったのち一頭と一人は同じ色の鬣と髪が絡らまる事も気にせず、 まるで姉妹のようにお互いの感触を確かめ合いながらやさしく頬をすり寄せ合う。
少しして名残惜しそうに互いの頭が離れると少女は微かな声で。
「わたくし、 貴女のような素敵な牝馬になれるのように頑張ります。ごきげんよう。マーシャさ……いいえ」
と言葉を遮り、 ふるふると頭を左右に振った後、 まるで憧れるものを見るように少し顔を赤らめて。
「……マーシャお姉さま。」
とさらに小さく囁いて言い直したあと、 ニッコリと笑顔を残し足早ににその場を去っていった。人々の注目は完全に優勝者のジェシカ。だが、 少女と白馬のふれあいに気を止める観衆は一人もいなかった。
――――――
優勝賞金で当面の路銀を確保できたジェシカとマーシャは余った金で装備を新調し街を後にしようとしていた。そして今、 道すがらの原っぱを歩いていく。
街道を離れ、 ひと気のなくなった所を見計らってジェシカは徐に鎧を脱ぎ去り、 アンダーシャツに手を掛けた。その指は二本だけが肥大化し、 黒々と光ながら太い二又の蹄に変わっていく。
口から白っぽい涎をたらしながら、 頭からは白く長い角が生えてきていた。くせっけの強い青い髪が短くなりそれと共に全身を黒みがかった茶色の毛で全身が生え、 お尻から白い房の付いた尻尾が伸びてゆく。涎が膜をはっている口から、 巨大な舌が伸びてくると顔全体が細長くなってくる。
「うもお、 ウモオオオオオオ」
顎が変形したせいで人間の声が出しにくくなったジェシカは二本の足だけで立っているのがつらくなったのか前足を地面につくと大きな双丘は 1 つになりながら、 乳首の数を増やし伸びてゆく。
「ウモモオオオオオオオオオ!!!!」
完全なる野牛に姿を変えたジェシカは声のあらん限りの大声で咆哮をあげる。
「ヒヒーィイイン!!!!」
その隣には既に白馬に姿を変えた女僧侶が立っていた。
牛 と 馬は青々と茂る牧草に口をつけ貪る。
(うま、 うまあぁい。人間たちのご飯にも慣れたけどやっぱりこの草の甘さにはかなわないなぁ)
(こんなおいしい草はひさしぶりです。アリスさんの言っていた通りですね。)
幸せを噛みしめながら二頭の獣はひさびざのご馳走に舌鼓を打つ。
今はまだ休憩中、 彼女達の冒険はこれからまだまだ続いていくのだった。
――――――
ここは領主の館、 若き主人の私室。領主の立場から少女に戻って寛ぐアメリア。
「なんてすばらしい大会だったでしょう。まさかあんな素敵なお姉様にお会い出来るなんて」
頬を仄か染め、 思い出しただけでも顔が熱くなる。優勝した牝馬の美しさに強く憧れ、 思わず仔牝馬っぽく甘えて顔をすり寄せてしまった。そんな自分に成牝馬らしい対応で顔を寄せてくれたマーシャの優しさに少女は歓喜してしまい、 周囲に人の目が有ることを忘れてつい馬同士のスキンシップに、 夢中になってしまった。アメリアにとって至福の時を思い、 マーシャと絡め合った髪を弄びながら形の整った小さな鼻に近づける。すんすんとかわいく鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、 漂う香りに恍惚な表情を浮かべる。
「ああ、 まだマーシャお姉さまの匂いが残ってるぅ。ああん。今日はもう髪を洗いたくな……。」
と言い掛けて視線を感じ、 そばに控えるメイドへ目を移す。厳しい表情を向けらていることに泣く泣く諦め、 コホンと小さな咳ばらいをしたのち頭を切り替えて別の事に思考を巡らす。
「たしか……ジェシカさん? だったかしら、 お友達は冒険者をなさっているみたいだし、 ギルドに行けばもしかしてお会いできるかもしれない!! お姉さまには是非ともわが領内に留まって頂きたいわ。」
せっかくあんな素敵な牝馬と出会えたのにここで縁が切れてしまうのは悲しい。なんとかして再会したいそんな決意を抱きつつ少女は今日を振り返る。
「それにしても、 麗しき牝馬たちが野山を駆け回る姿。力強く走る蹄の音。そして懸命な息遣い。鞭で打たれてあげる甲高い嘶き……ああ、 なんて羨ましい。見ていただけの、 わたくしまで興奮してしまいました……。」
若い牝馬達が鞭打たれて悲鳴を上げる姿は、 仔馬には少々刺激が強すぎたのか、 少女は目を閉じて身悶え 『憧れのお姉様』 にはとても見せられない姿をさらして、 つい鼻息が荒くなっていく。
「……ふん、 フルッル……フルッルルルッ……フィィイイイイイインン!!!!」
いかにも深窓の令嬢と言ったアメリアの喉から発せられたとは思えないほど甲高い嘶き声。鼻筋が伸び、 不自然に大きく広がった鼻孔からは聞こえるほど強い息遣いが発せられ、 スカートをめくり上げて、 毛足の長い房状の尻尾がひょっこり顔を出しフルフルと機嫌よさそうに揺れている。
可愛らしい下着に包まれたお尻を隠す事もなく、 悠然と振れ続ける尻尾を目の当たりにして、 隣に控えるメイドが慌てて苦言を呈する。
「お、 お嬢様っなんて格好を!! はしたないです!!!」
しかし、 当の主は悪びれる様子もなくブルルルッと二度ほど鼻を鳴らして、 フーッと大きなタメ息をつくと縦長になっていた顔は縮んでゆき、 スカートを高からかに持ち上げていた尻尾はゆっくりとその中へ隠れていった。凛々しい馬の顔から可愛らしい美少女の顔に戻ると今度は口を尖らせて侍女に文句をいう。
「いいじゃない。人前じゃないんだし、 自分の屋敷でなら馬銜を外してもいいでしょ」
そんな姿にメイドは目を伏せタメ息を着きながら。
「それはそうですが、 屋敷の中から馬の声がしたら領民たちに不振がられます。それに優良血統種たるもの驢馬のように騒がないものです。」
お淑やかなお嬢様も、 さすがのロバ呼ばわりされると癇に触ったのか目を細めて顎をしゃくり揚げ、 メイドの後ろに回るとお尻の上あたりで不自然に盛り上がっている何かをぎゅっと掴んだ。
「ひっ、 ヒヒン!!」
メイドからも人ならざる声が上がり、 みるみる顔を赤くする。
「お、 お嬢様。そ、 それはしっ ・ ぽぉ……、 ひ、 ヒン!! つ、 強くにぎられると……。あっ、 ニギニギしないでください!!」
細く繊細な指で掴かんだ尻尾の付け根を弄びながら純情な少女の顔はすっかりなくなり、 嗜虐的な表情を浮かべて。
「自分だって興奮してるじゃない。それにさっきから漂っているメスの匂いは何? 私みたいな仔馬と違って貴女は魅力的な牝馬なんだから、 こんな匂いを嗅がされた屋敷内のオスたちが欲情たらどうするの? それとも屋敷中を馬面の使用人で溢れさてもいいの? それこそ、 人間たちに不審に思れるわよ。」
「ひ、 ヒィン」
小さな悲鳴を上げるメイドのお尻の上に手をまわし触れるように宙を撫でる少女。
「これは念入りに調教した方がいいわね。この大きなお尻に鞭でしっかりと教え込む必要があるんじゃないかしら。」
「……」
メイドは思わず身を縮めて絶句するが、 これは恐怖心からでは無い事を自分が幼い頃から彼女を見てきた少女は知っている。
それが証拠に手の中の尻尾がうれしそうに暴れ回っているからだ。
「ああ、 そうでしたわ、 貴女も鞭で打たれるのはむしろご褒美でしたわね。」
「お、 お嬢様~。」
「わかっていますわ。冗談です。」
パッと尻尾から手を放すアメリア。メイドの言いたい事はわかっている。だが、 常に気を張っている彼女として少しくらいは肩の力を抜いて気を休めたい時もある。今のは、 ちょっと戯れてあって甘噛みしただけの事。
「人の世にわたくし達が生きるのは肩身の狭い事。でもだからこそ、 わたくしはこの地を馬達の楽園にしたいの」
大きな窓から見える領地を見つめながら言い聞かせるように。
「無自覚な仲馬を保護し、 少しでも頭数を増やさなくては。その為には……。さあ、 仕事に戻りますわよ。」
若き領主が大会を盛大に行った理由は自分をただの馬だと思っている 『仲馬』 を見つける事。賞金に釣られた人間達のお陰で目星はついた。飼い主が領地をでる前になんとか交渉し、 一刻もはやく彼ら彼女らを譲り受けねばならない。既に部下達を動かして対応に当たらせているがトップである彼女がいつまでものんびりしている訳にはいかない。
キリッと引き締めた顔で鏡の前に立ち、 身だしなみを整えながらしっかりと人間に化けているかのチェックも怠らない。
まだ幼く、 そして経験も乏しい彼女には困難が多い事であろう。しかし、 彼女なら夢に向かって力強く歩んで行けるかもしれない。
彼女には天より与えられた自慢の脚力があるのだから。

